「けんた」のけんは宮沢賢治の賢。

集大成はいつだって必ずやってくる。

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年末・年始の自分

寝ようと思ったら仕事を思い出してカリカリ。終わってスケジュールを見つめると・・・。
たぶん死にかける。誰かしらに迷惑をかけそうで怖い。
卒論。塾。家庭教師。この予定でスケジュールはぎゅうぎゅう。

忙しくなるのは分かっていたので前もって計画だてていたが、最近予定外の仕事まで舞い降りる始末で正直しんどいというか不安だ。

現在は紙の上のただの字の羅列は確実に自分の身にせまっていて、「なんとかなる」という次元をはるかに超えて強固な意志が求められている。

こんなに自分を追い込んでどうするんだ?

これを超えたらなんか見えるんだろうか?

なんか見えてくれるんだろうか?


去年の夏にクバ氏と弟と鴨川の上流に泳ぎに行った。そこには3階くらいの高さくらいのダム(?)みたいなものがあって地元の子供達はそこからピョンピョン飛び込んでいた。僕らもそこから飛び込もうというノリになったが、僕は知る人ぞ知る高所恐怖症。クバ氏と弟は普通にピョン。バシャーン。と飛んだが、僕は絶壁を目の前にして足がすくんでしまっている状態。しかもよく見ると、ビビッてちゃんと前に飛ばずに手前に落ちるとそこは浅くなっていて、下手すりゃ死ぬかもしれない状況。
「これを飛ぶ意味はあるのか?」「なんでこんな所にいるのか?」様々な思いが交錯した。

ためらう事10分くらい(?)。

僕はとんだ。

しかも手前に。

「正直死んだと思った」(後クバ氏談)

僕はヒザの怪我のみで生きていた。

とんだあとはなんだか成し遂げた気分。たぶんソレは今までの生活で形成された自分の限界を超えたが故の達成感だったのだろう。
その日以降はいやいやながらも、フリーフォールにも乗れるようになったしジェットコースターにも乗れるようになった・笑

オトナは人生の経験から、各々が物事への距離感を身につける。
「自分にはこんなもんだろ」
それゆえ子供のような無鉄砲さを失い、新しいことを得るチャンスを持ちながら知らぬまにそれを放棄する。または意図してそれを放棄する。

子供の成長が著しいのはその物事へ取り組むときの無鉄砲さに要因の一つがあると僕は思うのです。



見えるものは確実にあるだろう。

「全て責任を持ってとんでみせます」

ふんばりを失った精神はただ流されるのみ。乗り越えた先の何かを得てみせる!!!!!!
(いざという時は助けてやってくださいm(_ _)m)

ハイ 自己完結。



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  1. 2007/12/12(水) 03:24:14|
  2. 日常
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